2015年御翼5月号その4

人の価値は、神に愛されていること

 

人の最も深い悩み、欲求は神の子としての自尊心が満たされることである。それは必要とされている存在となり、意味ある人生へと繋がる。

I’m not what I do.        
私の価値は、何をするかでは決まらない。
I’m not what I have.       
私の価値は、何を所有するかでは決まらない。
I’m not what people say about me.
私の価値は、人が私について何を言うかでは決まらない。
I am the beloved of God.    
私は神に愛されている存在である。
It’s who I am.         
私が何であるかが大切なのだ。
No one can take it from me. 
それは誰も私から奪うことができない。
I don’t have to worry. 
私は心配する必要はない。
I don’t have to hurry. 
私はあわてる必要はない。
I can trust my friend Jesus 
友なるイエスを信じ、
And share His love with the world.
その愛を世界で分かち合うことができる。
Written by Bobby Schuller (シューラー三世)

 満たされるためには、欲望を満たすことだとこの世は言う。しかし、空虚感を埋めるためには、人の魂を救い、祝福に導くことをすることが一番である。教会ほど、他人の幸福、救いのために重要な貢献をしている団体はない。病にある人、孤独にある人を訪問したり、教会学校の分級で教えたりするなど、世の中で違いを生み出すことの出来る機会を数多く提供しているのがキリスト教会である。教会の外にも機会はある。貧しい者を助ける施設、病院、環境問題の団体、政治活動などはいつでもボランティアを必要としている。意味のある仕事はいくらでも周辺に存在するのだ。自分の信条に沿った場で奉仕しよう。必要とされている場は必ずあり、その善い行いにより、最悪の誘惑から守られることになる。キリストの愛に満たされ、人々の魂の救いに結びつく建設的な業(わざ)に従事することは、人間が最とも満たされた状態であり、神の子としての命が与えられている姿である。
 GW期間中の昨日、息子はスポーツ自転車に乗って110q、千葉方面を走ってきた。目的は千葉の教会巡りで、二人の牧師先生と面会してきた。大学二年になった息子は、二つのサークル(サイクリング同好会、鉄道研究会)に入っていたが、昨年度参加することになったKGK(キリスト者学生会)での活動を広げるため、サイクリングは退部した。KGKはキリスト者(=クリスチャン)の交わりで、大学、短大、専門学校、高専などの学内で聖書研究や祈り会の活動をするグループで、その目的は、学内伝道と、それを通じてキリスト者が成長することにある。趣味だけのサークルをやめるきっかけとなったのは、飲み会などがあり、酒を飲まない息子は違和感を覚えるようになったからだという。趣味のサークルよりも、KGKは魂の必要を満たすものなのだ。

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